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OB対現役学生対抗戦

年に1回 硬式庭球部OBが集まり現役学生と語り、テニスをする日です。



直前の西日本大会では頑張りした。青春の1ページです。
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恒例の試合限定の金髪(愚息はモヒカン・笑)も前日のOBとの宴会では元通りになってました。

新幹部の紹介
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「話が通じない」とか「世代が違いすぎる」なんて心配はありません。


親子ほどの関係ですが、同じ監督のもと同じコートでテニスをした仲間でもあるので、


話は十分盛り上がります。
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翌日のテニスはというと、ラケット持つのは昨年12月以来。その前は、さらに1年以上前・・・

しかもラケットは初めて手にするもの。

とはいえ、一生懸命手伝ってくれる学生達に恥ずかしいプレーは見せられないし、

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対戦相手はさすがにレギュラーは無理なので、サブ組から・・・・


と、偶然か皆の陰謀か相手のペアは息子のペア
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案の定ゲームが始まると1ゲーム取った後、4ゲーム連取されて1-4のみじめなスコア。



内容は悪くないのですが、一歩が出なくてミス、自滅の繰り返し。 



「まずい・・・・1-6で負けたら相当恥ずかしいし・・・」



親子対決を茶化すように周囲の観衆から 「息子に負けたら恥ずかしいぞ~~~!!」 と。
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笑顔で返すも 「確かに・・・・」


そこで、スーパーショットは打てなくても、ミスは多くても、 『相手のミスをもっと増やさせる作戦』 に方針変えます。


答えは簡単全部ロブ~~~~~!!!!


打てそうでも打たない。決められそうでも決めない。

たぶん、どうせまたミスって自滅するから。

とにかく相手に打たせます。
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相手がナイスショットをした時はしんらんぷり。


相手がミスったら、「よっしゃ~~~~~!!!!」と。ガッツポーズ。


威嚇じゃありません。表面上は粘った自分達を称え鼓舞するため。


本当は相手をじわじわ追い込む作戦。



みごと3ゲーム連取で4-4のタイに持ち込みました。




そこからは両者サービスゲームをキープして6-6となり、タイブレークへ突入



最初は0-2とリードされたものの、1ポイントの重みがあるタイブレークでは『じわじわ追い込み作戦』が若輩学生諸君には多大なプレッシャーを与えます。


まあ、かなりの接戦でしたが、逆転し見事7-5で勝利!!!!
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面目保てました。





ちなみに息子たち学生ペアは何年も毎日テニスしてるだけに、テクニックもパワーもはるかに上。


ただし、ゲームのコントロール力という、経験の差が存在しました。



明らかに負けていく状況でもゲームをひっくり返すには、そのまま頑張ってもダメなわけで、対応法を一変させる必要があります。


我々は状況に応じ、タイミングよく明確に作戦を変更しましたが、学生たちは最後まで自分たちが目指すプレーを続け、結果我々の術中にはまってしまいました。


4-3で追いつかれそうな学生のサービスゲーム。
キープしてれば5-3で勝利に近づいたはず。
しかし、そのゲーム最初のサーブはダブルフォルトでした。
ゲーム最初のファーストサーブを少し弱くても入れてさえすれば、彼らには十分な勝機がおとずれてたはずなのに・・・
ゲームの流れを左右する節目のポイント!!そこを感じる力も今からです。




団体プレーのサッカーでは難しいかもしれませんが、テニスの場合一人もしくは二人なので、考え実行さえすればゲームコントロールは比較的可能です。



ただよいプレーを目指すだけ、上手なだけでは勝てない





ずいぶんへたくそになったOBですが、そのことを伝えることができたゲームでした。




そして、『もうすぐ来る、負ける日』 が、また楽しみです。
by moriken1103 | 2012-08-28 11:38 | お気に入り | Trackback | Comments(0)

スカベンジャー???

私のボスの言葉から引用です。


「地球上のバランスが崩れると、自然はスカベンジャー(処理システム)を作動させ、恒常性を維持するようになっている。


人類の歴史で、コレラ・ペストなのどの疫病流行、繰り返された戦争などがスカベンジャーとしての機能を果たしてきた。


エイズの流行は、成熟しきった現代社会に登場した新たなスカベンジャーである、という見方が一部の有識者の中ではされてきた。


エイズ救済計画が実施されたアフリカの国では、2004-2008年にかけての成人死亡率が8.30/1000人から4.10/1000人に半減し、救済された成人数は74万人に及ぶという。一方、非対象国では死亡率の減少が観られなかったという(JAMA2012;307:2060)。


アフリカ地域で死亡率が下がったということは、とりもなおさず十分な教育を受けていない人類の爆発的増加につながり、環境・経済などの地球への負担を増す結果にならざるをえない。


エイズの長期に延命が可能となったことは医学的には成功といえるが、自然の摂理に逆行しただけでなのかもしれない。

エイズ問題が克服されたとしても、自然は均衡を保つために次のスカベンジャーを登場させるだろう。」




ウイルス、災害・・・、戦争までもスカベンジャーなのか??




愛や慈悲という本能を与えられた人間もスカベンジャーに操られ戦争や紛争を繰り返すようにプログラムされてるのでしょうか??




災害から学ぶ「絆」や「愛」さえ、ふたたび時の流れとともに「怒り」や「苛立ち」というものに侵食されるのでしょうか?



打倒「スカベンジャー」、打倒「本能・宿命」は無理かもしれない。




しかし、負けないために、



その秘策は・・・・・




『MUSIC』 かもしれない、なんてこのPV見て感じました。  元気になります。





オリジナルは2012.1.26に紹介したone republicの「GOOD LIFE」です。
by moriken1103 | 2012-08-24 07:51 | music | Trackback | Comments(0)

郷土の生んだ偉人 『田原淳』

中津へ禅海杯サッカーの遠征時、時間の合間を見て中津市役所へ足を運びました。


目的は、田原淳の銅像を見ること。



あまり知られてはいない大分が生んだノーベル賞に最も近かった偉人「田原淳」のお話です。





田原淳(たわらすなお)1873年7月5日~1952年1月19日

大分県国東安岐町の出身 中嶋家に生まれ淳(すなお)と名付けられました。
子供のころより学問に熱心で近くにすむ医師 三浦大明(三浦医院 院長)の自宅に出入り勉強をしてました。
たまたま三浦医院へ来た中津の田原春塘(たはらしゅんとう)医師の目にこの学問に熱心な淳が目に留まります。
偶然にも田原春塘と中嶋家は親戚でもあり、娘しかいなく、医師としての跡取りのない田原春塘は中嶋家へ出向き、淳を養子として迎えたいことを切望しました。
淳の両親も彼の将来と才能を考えて同意し、淳は田原家への養子となったわけです。
 その後、春塘のすすめで淳は東京へ上京し、東京英語学校、ドイツ学協会学校で語学を学び、東京帝国大学医科大学第一高等学校へ入学、そして東京帝国大学医科大学へと進学した。
卒業後、中津の医院で父とともに医師として働きだしたのですが、淳の学問へのさらなる探究心そしてドイツへの留学の気持ちは高まるばかりでした。
そんな胸中を察した義父春塘は田畑を売り払い淳の留学資金として提供したのでした。
 明治36年。田原はドイツのベルリン大学へ旅立ちました。
ベルリン大学で臨床研修をしていた淳は次第に物足りなさを感じていくのでした。
私はドイツへ臨床の研修にきたのではないと。益々学問の追及に憧れていくのでした。そんなとき、友人の紹介でマールブルク大学のアショフ教授の存在を知るのでした。
彼のもとでなら、自分の期待できる勉強ができるに違いないと、熱烈な手紙をショフ教授へ送ったのです。その手紙に心打たれたショフ教授より、招待の手紙が届き、以後淳はアショフ教授のもとで日夜を問わずに研究に励むのでした。
その研究室には深夜に幽霊が出ると噂が立つほど、寝る間を惜しんでの研究でした。
 そこでの2年半の研究で、田原は心臓の中に刺激伝導系という電気の流れる通路が存在することを発見したのでした。
当時世界では心臓の収縮を調節する刺激経路が存在するなどとは誰も気づいていませんでした。
その経路の一つヒス束には「田原の結節」という名前まで付けられました。
心臓の一部に我が郷土が輩出した偉人の名前が付けられているわけです。
 田原はそれをドイツ語で論文にまとめ発表後、明治39年日本へ帰国したのでした。
明治41年淳は京都帝国大学福岡医科大学の病理学教授へ就任した。
その後も研究者、教育者として活躍し、昭和27年亡くなられました。
 一方、田原がドイツへ留学した翌年明治37年に日露戦争が勃発してます。
日本はイギリスと同盟国であり、ドイツとロシアは敵国でありました。
ドイツでの生活は差別の目も向けられ決して平穏なものではありませんでしたが、研究者としての熱心さに次第に周囲より尊敬の眼差しを受けるようになり、アショフの献身的なサポートにより研究を遂行できることができたのです。
また、昭和16年~20年は太平洋戦争でもありました。淳の長男・駿也も医師となったのですが、軍医を志願し昭和17年、31歳の若さで亡くなっております。
 田原の研究論文「哺乳動物心臓の刺激伝導系」はノーベル賞を超えるほどの人類へ大きく寄与した研究でした。
のちに、不整脈やペースメーカーの発達、心電図など、心臓疾患の治療に大きく貢献した第一歩であったわけですから。
しかし、くしくも日露戦争の最中であり、田原の業績は陽の目を浴びることはありませんでした。当然、現代では世界中の誰もがノーベル賞に値すると確信しています。
立派な研究者でありましたが、戦争に翻弄された人生でもあったわけですね。



 これほどの人が郷土、大分にいたわけです。



中津市役所にある「田原淳」の銅像
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著者、島田教授よりいただいた田原の論文の本
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ご興味のある方は「田原淳の生涯」 考古堂 ¥4600
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しかし、このような重厚な本が発行されても、一般の人々とりわけ子供たちに田原淳の名前が知られていかないことも事実でした。

そこで2006年私は島田先生へ子供たちが読める漫画本を作成することを嘆願したのでした。

これほどの郷土の偉人を次世代の子供たちへ伝えなけいけないと。

それには漫画本しかないのではと、


その結果・・・・・梓書院 マンガ「ペースメーカーの父 田原淳」¥700
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大分県内の小中学校の図書館にはおいてあるはずですよ。



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この最後の文面。


「中津市に貸しができたな!!」 って、いい気分で試合に戻りました。



追伸

しかし、なぜ、これほどの業績で田原淳は有名にならなかったのか?

それは、戦争と重なってせいもあるのですが、ある意味田原の人生は順風満帆すぎたのかもしれません。

漫画本を作成するにあたり、その辺が一番苦慮されたようです。
by moriken1103 | 2012-08-21 12:30 | 学習コーナー | Trackback | Comments(0)

あっちこっちへと

墓参りを兼ねて 「るるぶ」・・・食べる、呑みすぎる、遊ぶ  (笑)



まず、向かった先は竹田の入田 


例年子供たち連れて泳ぎに行く河川プールですが、今回は残念ながら雨模様です。



傍の河宇田湧水隣にできた博多「一風堂」プロデュースのラーメン屋「こっとん」へ並びました。
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「一風堂」といえども、ここはとんこつでなく醤油ベースの中華そばです。


湧水の美味しい水を活かした贅沢な一品です。
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濃いめのスープに平打ち麺がなんとも美味い一品でした。



味は濃いのですが、コップの水(湧水)がまたなんとも美味い。


ふぁふぁ、ズルズルと麺をすすり、濃いスープをズズズとごっくん! 冷たく美味しい水(隣の湧水)でゴクゴクと口腔内と食道を中和!!


賞味の機会があれば、ぜひ水とのハーモニーをご堪能あれ!!




一日かけて盆参りを済ませた後は義父と、


ビールに始まり二人で一升完飲!!笑
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不健康な一日を取り戻すべく、翌日は運動!!


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とまあ、カロリー消費したので、夜は自宅で肉詰めピーマン


「無一文」 じゃ~~     若者には分からないか!??
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肉詰めピーマンはこうじゃなきゃいけませんよね(ピ^-マンは生です!!!!)・・・・・中高年の大分県人にしか分からないでしょうが、





という「るるぶ」でしが、ご家族で水汲み兼ねて 「こっとん」 おすすめです。



「無一文」風、肉詰めピーマンも!! 
by moriken1103 | 2012-08-16 22:54 | 散歩 | Trackback | Comments(0)

2012 中津 禅海杯サッカー

2年生の試合が開幕しました。



偉大な先輩(3年生)の試合を見てきた、新学年がどれぐらい伸びていくのか、


今からです。





8/10~8/13 中津 禅海杯



結果は7勝1分け




新メンバーで様々なポジションを試しながらの試合でしたが、みんな試合を楽しめたようです。



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まだまだ今からですが、とても楽しみな予感がした3日間でした。



また、サッカー話題が増える予感・・・・嬉
by moriken1103 | 2012-08-12 20:48 | 西中 | Trackback | Comments(0)

ヘルメットは必要


自転車通勤はじめました
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正直、恥ずかしいっちゃ恥ずかしい。


いい親父がヘルメット被って自転車だなんて・・・


しかし、やっぱ安全には代えられません。


地味なものを探して購入。
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TVでも自転車は法律的には車道。



自転車レーンは無いし、横をトラックがガンガン走るし、明らかに危ない・・・



かといってゆっくりならともかく、スピードを出して歩道を走るのはこれまた明らかに危ないでしょう。



というわけで、やっぱヘルメット。


すれ違っても笑わんでください。





本日は夕方、自宅から狭間経由で銭瓶(銭亀)峠を越えて別府へ。
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久々のルートを自転車で、


深緑の中すごく気持ちよかった。



別府への下りの気持ちいいこと!!!
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by moriken1103 | 2012-08-07 20:21 | お気に入り | Trackback | Comments(0)