「玉来川」

いったい誰が名づけたのか典雅にも静謐な(せいひつな)この呼び名



阿蘇外輪山の産山の裾野を縫い、森に抱かれ田畑を潤し、人の暮らしを見下ろしながら流れ下って、命の源となってたはず、




急激な空の変化に山の精、水の精も我を失ったかのごとく、荒れ狂いました。




その傷跡は・・・・(洪水から5日目)

堤防を乗り越えた形跡を残しながらも、水位はずいぶん下がってました。しかし、なおまだ濁流。
f0201170_19202559.jpg



はるか下の水位がここまで上がったことを証明する爪痕
f0201170_19204450.jpg




豊肥線の復旧は先のよう・・・
f0201170_19205638.jpg





しかし、竹田の人々はたくましくも明るかった。




皆で支えあってるからなんでしょう。一人じゃないから。






当日以降、親戚、知り合い一同集まって、大仕事。



床上1mまで浸水した家も急速に復旧してました。 ご安心を!
f0201170_19213662.jpg





「これでなんとか生活できるわ!!!」 とのたくましい笑顔が肺腑をつきます。
by moriken1103 | 2012-07-16 19:27 | 独り言 | Trackback | Comments(2)
トラックバックURL : http://mindgoods.exblog.jp/tb/17767540
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Commented by rionpapa at 2012-07-16 22:02
ご実家の被災、お見舞い申し上げます。しかし今回もひどかったですね~。
Commented by moriken1103 at 2012-07-17 09:51
rinopapaさん、ありがとうございます。
まあ、自然が相手では仕方がないですよね。
あと水がおさまった後、魚に会えると一安心するんだろうな。笑
<< 田舎パンはオリーブオイルで 懐かしの長浜祭り >>