にくどん!!

クリスマスのプレゼントといえば今やゲーム機やそのソフトが主流、

アノログ世代の中年おやじにはどうしても違和感があります。

ゲーム機と遊戯王?カードで遊ぶ姿をみると、サッカー以外でアクティブな遊び知らないの?って思ってしまいます。

子供の遊びも、大人が介入しては子供の遊びじゃなくなるので、干渉はしませんが、

我々の頃は・・・・、
まずは、季節柄コマですね。023.gif

小学校のころ春日神社のそばに木工所があり、コマを削りだして作ってくれてました。
確か「北川木工所」って名前でした。
弟さんという噂のもう一件の木工所では、設計図を書いて持っていくと、オリジナルのコマが作れました。

私的には、スタンダードな「へそゴマ、オニゴマ」が最強でした。

コマ遊びはいわゆる「けんかコマ」で、最初はみなのかけ声ではじまります。
「いきながしょうか、しょうくらべ、ベニさんがべそかいた、隣のコマは割れゴマだ、イチニーのサン」
自分の投げたコマが相手のコマに命中し、ちち割った(言葉が下品ですが)ときは、高揚しましたね。

このかけ声は我々の地区の同世代だけのものかと思いきや、調べてみると昭和30年代を中心に各地で同じようなかけ声が使われていました。
佐世保での「「いきながしょうもんしょうくらべ!(息長勝問勝競べ)」がルーツのようです。

微妙に地域でアレンジが加わっているのはおもしろい!
それ以上に、情報の少なかったあの時代に脈々と子供達に語り継がれていたことに驚きました。


そういう昔の我々の遊び、ちょっと思い出すと023.gif

「くちく」 :3名以上の二つのグループに分かれ、それぞれのグループ内で「艦長」、「駆逐艦」、「水雷」の役を決め、帽子を前(艦長)、横(駆逐艦)、後(水雷)に向けて目印とします。その上で、「艦長は駆逐艦には勝つが水雷に負ける」「駆逐艦は水雷には勝つが艦長に負ける」「水雷は艦長には勝つが駆逐艦に負ける」というルールのもとに、勝てる相手をタッチして双方の陣地に捕虜として連れて行きれますが、味方がタッチしてくれば捕虜から脱出できます。 男の子の遊びで、戦争ごっこですが、戦況をみわたす洞察力と決断力が求められるスリリングなゲームでした。

「にくどん」「ねこどん」 :たしか・・地面に4つのマスを書いて、・・・・・・?けど、すごくポピュラーだったような!

「やねもった」「しけい」 :屋根にボールを投げて、誰かの名前を言うと、指名された子は落ちてくるボールを地面に落ちる前に捕らなければいけない。捕れなかった時は、皆がちりちりばらばらに走って逃げるのですが、ボールをつかんでストップというと、皆は立ち止まります。そこから近くの子へボールを投げて当たるとセーフ。当たらなければバツ1(一刑)とカウントされます。これも戦況を見る洞察力が必要で、屋根の上の見えないボールが捕りにくいか捕りやすいかを予測して逃げるかどうか決めます。早めに逃げてボールが捕られると、次に狙われて(指名されて)ボールが捕れない!

「ちっかけ」 :ベーシックゲーム

まだまだ、いっぱいありますが、考えたら昔の遊びは走る、投げる、捕る、予測する、判断する、同時にチームワークも求められ、非常に奥が深いものが多かった気がします。

けど、一番好きだったのは、軟式庭球用のやわらかいボールをバット代わりの拳で打つ「三角ベース野球」。大人になってキャンプでこれしたらめちゃめちゃ盛り上がりました。
by moriken1103 | 2009-12-28 07:17 | 独り言 | Trackback | Comments(10)
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Commented at 2009-12-28 11:20 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by moriken1103 at 2009-12-28 13:24
嬉しいです。
サッカー部の父兄の中に、あの木工所に通っていた方がいたとは・・!
まあ、地元ですからね。
しかし、あのコマで育った世代は、おもちゃ屋のコマでは納得できない。
あの木工所で作ったコマは戦闘機のような機能美と破壊力をもっていましたから・・・・・、懐かしい!!
Commented by No11 at 2009-12-28 17:59 x
あらら? 敷戸に住んでいましたが、この木工所に行った事があります。
名前は忘れましたが、確か設計書を(自分で書いた物)持って行き
その通りに造ってもらった記憶があります。
懐かしい・・・ コマは全然回らなかったけど・・・
Commented by とんぼ班長 at 2009-12-28 19:27 x
私も別府から通ってました今でもあるんですかね?
コマの芯で傷つけられらニス塗ったり色塗ったりしてましたよ。
懐かしい欲しいィ
Commented by moriken1103 at 2009-12-29 13:52
No11さん、敷戸から・・・!、とんぼ班長さん、別府から・・・、来てたんだ!
当時ではちょっと有名だったんですね。

紐の端っこに結び目つくり、五円玉を通してコマに丁寧に巻きつけ、
コマの芯を上にして、ボール投げるみたいに指はY字型で・・・。
コマの勢いが落ちたら、紐で再加速・・(うーん、表現できない)、

ほんと、もう一度手にしてみたい逸品ですね。
Commented by moriken1103 at 2010-01-11 20:26
多くの方から、このコマと北川木工所の件で話しかけられます。

Aコーチは10年ほど前にあのコマがほしくて木工所に電話したそうです。
おじいちゃんは年をとって、もう作れません、という返事だったと。

つまり、「いきながしょうか、しょうくらべ・・・」の文化は絶えてしまったのですね。

サンマにはカボスでなきゃダメなように、コマ遊びにはあのコマでなきゃダメなんです。
Commented by hiro at 2011-04-24 11:32 x
初めまして。
私は明野に住んでいて、あのコマを集めていました。自分のスケッチが目の前で出来て行く快感・・・・転校後は、市販品しか無くて、味気無かったですね。
30年前でも、かなりご高齢に見えたので・・・・残念な話しです。
Commented by moriken1103 at 2011-04-25 08:31
はじめましてhiroさん。
このブログに書いて依頼、いまだに多くの方から
あのコマのことで話かけられます。

あらためて、あの木工所のおじさん、偉大だったんだなあ!
と思います。

もう一度手にして回したいものですね。
Commented by hiro at 2011-04-25 14:07 x
実は私、15年程前に、電話を掛けて注文を入れたことがあります。
「リンゴ」と「富士」を何個かづつ作って貰ったんですが、綺麗に出来ていました。そして、オマケにもう一つ入れてくれていたのですが、結局ソレが最後になってしまいました。

ああいう文化を保護できなかったのが残念ですね。
Commented by moriken1103 at 2011-04-27 08:39
hiroさんありがとうございます。
コマの写真拝見いたしました。

懐かしいです。
どこかで復刻するとうれしいのですが、
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